◆映像作家をとりまく環境の変化
インターネットやブロードバンド環境の発達により、個人のクリエイターが既存の流通経路や大資本の力を必要とせず、さまざまなコンテンツを不特定多数の人に届けることができるようになった。
このサイト「CON-CANムービー・フェスティバル」もショートフィルムという作品形態で多くの人に自分の作った映像作品を届けられる「メディア」である。かつて映像・映画の世界は個人で制作費を捻出するこというのはほとんど不可能な世界だった。映像作家を志す人はまず映像作家の作品づくりの「現場」に入り、何年も辛い「修行」を経なければ、同じスタートラインに立つことすらできなかった。
しかし、時代は変わった。今はどこでも持ち歩ける高性能なデジタルビデオカメラが10万円もせずに購入でき、以前は数千万円単位でお金がかかった編集機材・編集作業も、パソコンのソフト上ですべて一人で行えるようになった。そして何より作った作品は何千万円もかかるようなプロモーション活動を行わなくても、ネットを利用すればほぼゼロに近いコストで多くの人に見てもらうことができるのだ。映像に限らず、優れたクリエイターたちが世に出やすくなれば、それだけ作品全体の質も向上することは疑いのない話だ。
しかし、いいことずくめに見えるインターネットによる映像配信にも1つだけ大きな問題がある。それが「著作権」処理の問題だ。
◆「著作権」と「著作隣接権」
「著作権」とは「著作物」を創作した人に与えられる権利だ。著作物とは、文化的な創作物のことであり、具体的にいえば、文芸や音楽、学術論文、映画など、人間の思想や感情を自分の力で創作的に表現し、何らかの形で閲覧・視聴できるようになっているものを「著作物」という。著作物を創作した人は「著作者」と言われる。
著作権はさまざまな形に細分化されており、人格的な利益を保護する「著作人格者権」と、財産的な利益を保護する「(財産権としての)著作権」の二つに分かれている。
また、著作権を規定する著作権法には、通常の著作権のほかに「著作隣接権」という権利を規定している。これは、実際の著作者ではないものの、著作物を世の中に伝達する際に大きな役割を果たしている存在に対して与えられる権利である。具体的には実演家(著作物を演劇的に演じたり、歌ったり、演奏したりする人のこと。音楽であればミュージシャンや歌手、映画やテレビであれば俳優などが実演家に当たる)や、レコード製作者、放送事業者などに与えられ、今日では「著作権」よりも「著作隣接権者」の方が「著作権者」よりも強い影響力を発揮するようになっている。
そしてこれらの著作権や著作隣接権が存在するために、許可なく他人の著作物を複製したり、上映したり、放送したり、ネットにアップしてダウンロード可能にしたりすることはできないのである。
個人の映像クリエイターが作品づくりにおいて、厄介な「壁」となってしまうのは、こうした「著作権」や「著作隣接権」の部分にある。具体的にいえば、著作権があるため「自分が作った映像に対して自由に好きな音楽を乗せることができない」という問題が生じるのだ。自分で撮影・制作した「生」の映像に関しては基本的に、自分の「著作物」になる。しかし、映像のバックに自分で作ったわけではなく市販の音楽CDなどから抽出した音楽を許可なく流すことはできない。その音楽には「著作権」と「著作隣接権」が存在するからだ。
例えば、自分で作詞作曲をするポップシンガー(ここから先は日本を代表するポップシンガー、宇多田ヒカルを例として挙げよう)のCD内に納められている楽曲『SAKURAドロップス』を自分の映像のバックに勝手に使ったとしよう。この場合、『SAKURAドロップス』そのものの著作権(歌詞と楽曲を構成する基本的なメロディやコード進行)はそのポップシンガー、つまり宇多田ヒカルに帰属する。この楽曲を使いたい場合は宇多田ヒカル(または権利を預かっている委託者)に「自分の映像のバックに使って良いですか?」と尋ねてOKをもらわなければならないのである。著作権というのは、曲そのものを構成する歌詞やメロディなどの要素なので、出演者が劇中で『SAKURAドロップス』を歌ったとしよう。誰が歌おうが、その曲の「著作権」は宇多田ヒカルが持っているので、他人の著作物を利用したということになる。このため許諾を得る必要があるのだ。
そして、前述の通り、レコード(CD音源)を制作した者には「著作隣接権」が与えられ、CDと同じ音源を勝手に複製したり、上映したり、映像のバックに使ったりすることはできないのだ。『SAKURAドロップス』というシングルの制作費を負担したのが誰なのかは厳密には分からないが、ここでは話をわかりやすく宇多田ヒカルが所属するレコード会社の東芝EMIが制作費を出し、東芝EMIに著作隣接権がある、と仮定しよう。
それらを踏まえると、劇中にCD音源そのままの形で『SAKURAドロップス』を利用する場合はまず「著作権」の許諾を「宇多田ヒカル」から取る必要があり、加えて「著作隣接権」の許諾を東芝EMIから取る必要があるということになる。
映像の出演者に『SAKURAドロップス』を歌わせる場合は、「CD音源そのもの」は利用されないので、「著作権」つまり宇多田ヒカルの許可さえあればOKだ。
◆JASRACによる「代行」業務
しかし、現実的な話を考えたときに、東芝EMIならばまだしも個人が宇多田ヒカルの連絡先を調べて直接「使わせてください!」とお願いするのはあまりにも敷居が高すぎる。ではどうすればいいのか。実は日本の多くの商業音楽は日本音楽著作権協会(JASRAC)というところが、著作権処理の「代行」業務を行ってくれている。それはどういうことかというと、宇多田ヒカルの楽曲の著作権処理を忙しい宇多田ヒカルに代わってJASRACが窓口となって交渉してくれますよ、ということである。
そしてJASRACの場合、依頼があったものに対して個別にケースバイケース対応するわけではない。あらかじめ権利処理のルールが決められており、所定の手続きを踏むことで決められた利用料率を著作権者に払い、JASRACに手数料を払うことで自動的に「許諾」がもらえる仕組みになっているのだ。
通常、 映画に音楽を付ける場合の著作権処理ルールはJASRAC内にあらかじめ規定が設けられているので、JASRACで管理している楽曲を自分の映像に使いたい場合、JASRACを通して手続きをする必要がある。逆にいえば、JASRACが管理する(日本の)楽曲であれば、申請してお金さえ払えば問題なく「著作権」の部分はクリアできるということだ。
しかし、「CD音源そのもの」を映像のバックに利用したいという場合(実際にはこちらのニーズの方が高いだろう)、JASRACを通じて著作権を処理した上で、著作隣接権の処理も行わなければならないのだ。JASRACが管理しているのはあくまで著作権。著作隣接権を一括で管理するということはやっていないのだ。このため結局『SAKURAドロップス』の音源を使いたい場合は東芝EMIの法務部に連絡してOKをもらうしかない、ということになる。また、利用料規定が決まっているJASRACの著作権処理と違い、著作隣接権の「使用料」には、決まった規定がない。要するに著作隣接権者の「言い値」で決まってしまう世界なのだ。東芝EMIに「『SAKURAドロップス』を自分の映像のバックに使わせてください!」と頼んだ際に、東芝EMI側からすれば「あー、特定のイメージ付いちゃうんでお断りしてるんですよ」と断ってもてもいいし、「あ、使ってもいいですけど、1回1万円×ストリーミング視聴された回数の使用料請求しますね」と足元を見てふっかけてきてもいいのだ。こうした複雑な「権利」処理の背景があるため、なかなか個人の映像作品への音楽利用が普及しないという現状がある。
◆「通信」と「放送」 ネット配信における著作権処理
しかし、ここまでが著作権と著作隣接権の基本的な話。実はここからさらに話はややこしくなる。「CON-CANムービー・フェスティバル」のようなインターネットフィルムフェスティバルは「ムービー・フェスティバル」と銘打ってはいるが、実質上はインターネットを通じたオンデマンド型の「動画配信」である。実は著作権法上、動画配信というのは「通信」というカテゴリーに含まれ、「映画」や「放送」とは権利処理のルールが違うのだ。具体的にいおう。実は現在のテレビやラジオなどの著作権法上「放送」というカテゴリーに入り、番組を作る際に必要になるBGMは著作権、著作隣接権まで含めて自由に利用して、あとからそれを「事後報告」して放送後に使用料を払えばいいという仕組みになっている。このため、テレビ局やラジオ局はいちいちレコード会社やアーティストに許諾を取ることなく、自由に音楽を使って番組を作れるのだ。
しかし、ネットの動画配信の場合「通信」というカテゴリーになる。「通信」は特に許認可を必要とせず、誰でも簡単にデータを送信することができることから、権利処理の敷居が「放送」と比べてあげられているのだ。このため、個別にそれぞれの著作権者、著作隣接権者に対して事前に利用許諾申請をしなければならないのだ。最近人気の動画配信サイトにUSENが運営する「GyaO」があるが、GyaOのコンテンツにオリジナル制作のものが多いのもこうした事情が背景にある。(そして、GyaOのオリジナル制作の番組を注意深く見ればわかるが、耳なじみのあるJ-POPの楽曲はほとんど使われていないはずだ。)
もちろん、ネット上の動画配信が注目され、今後ビジネスとしてのパイが大きくなっていく場合に、いつまでも「通信」扱いで良いのかという議論は当然あって、2006年に政府の知的財産戦略会議がインターネットを通じた動画配信サービスのひとつである「IPマルチキャスト放送」をそれまでの「通信」から「有線放送」扱いにしよう、という提言を行った。著作権法の改正の機運が実態を踏まえて徐々に変わりつつある、というのが動画配信と著作権をめぐる現状といえるだろう。
しかし、こうした著作権法改正や著作権処理ルールが整うまでにはまだまだ数年の時間がかかると見られる。現実的に今映像作品を作って「CON-CANムービー・フェスティバル」に作品を応募しようという人にとっては、数年先に変化する「かもしれない」という不確定な情報は意味のないことだ。
では、具体的に自分の映像作品に「ありもの」の音楽を乗せたい場合、どのような手続きが必要になるのか。そして、何かしらの「抜け道」的なものはないのか。そしてネットを通じた動画配信に音楽を載せる場合、どのように複雑で面倒な問題があるのか。次回は具体的にJASRACに登録された音源をネットのショートフィルムに利用する場合の細かい著作権処理について解説していこう。
津田大介(IT/音楽ジャーナリスト)
1973年東京都生まれ。週刊誌、インターネット誌、ビジネス誌、音楽誌などを中心に幅広いジャンルで執筆中。ここ数年はネットカルチャーやネットワーク時代の音楽の在り方について多くの原稿を寄稿。著書に、日本の音楽業界が抱える問題点をさまざまな視点から分析した『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社刊)のほか、近著に『仕事で差がつくすごいグーグル術』(青春出版社)など。音楽配信を中心としたデジタルコンテンツ流通、著作権問題などの関連ニュースを集めた情報サイト「音楽配信メモ」(http://xtc.bz/)も運営。2006年4月より、文化庁の著作権分科会私的録音録画小委員会にも委員として参加している。
CON-CANムービー・フェスティバルには、毎回世界中から数多くの作品が寄せられます。スタッフは、優れた作品と出会うたびに「この作品をCON-CANムービー・フェスティバルで配信したい!」と強く思います。ですが残念なことに、そうした作品の中には、使用されている「音楽」が問題になって配信を断念しなければいけないものが少なくありません。そこでCON-CANでは、映像作家の皆さんに理解を深めてもらうため、音楽著作権講座の連載を始めます。著者はネット配信や著作権に造詣の深いIT/音楽ジャーナリストの津田大介さん。第一回は音楽著作権の基礎知識について解説してもらいました。今後は実際の手続きや、著作権フリーな音源の探し方、オリジナル楽曲の作り方など、すべての映像作家の役に立つ情報を掲載していく予定ですので、お楽しみに!


